
百年もつ物を、私たちは今いくつ作っているだろうか。木は育つのに数十年かかり、うまく使えばその何倍も長く生きる。成長の時間と使用の時間がこれほどずれる材料は珍しい。『木の時間』(キム・ミンシク著、ブレッド、2022)は、そのずれを正面から見つめる。
本は木という材料を扱う人の目線で書かれている。樹種と産地、挽き方と乾かす過程のように、木材が木材として仕上がるまでの工程が叙述の軸をなす。大活字本としても出ており、判型に余裕があって、ゆっくり読ませる文章だ。
木を手で触ったことのある人は知っている。挽きたての板材のにおい、かんなが通るときの短く乾いた音、古い柱の表面が指先に残す細かな凹凸。この本の文章は、そうした感覚を消さないまま材料の履歴をたどる。
韓国の伝統建築は木材を使い、その木材は数百年後も解体と修理を経て再び元の場所に戻る。部材一つを取り替えれば建物全体は生き続ける。廃棄と新築を繰り返す今日の計算法とは違う会計がそこにある。
だから、この本が触れているのは好みの問題ではない。良い木材を得るには森を百年単位で管理しなければならず、その森を管理するには木材を使い続けなければならない。保存するには伐らなければならず、伐るには植えなければならない。著者はこの緊張をなめらかに縫い合わせはしない。

本の力は材料に密着しているところから出る。木材を生態論の象徴として消費する代わりに、売られ、挽かれ、乾く物としてつかまえておく。持続可能性を語る本が統計と政策へ上がってしまうとき、この本は木目の高さにとどまる。
薄くなるところもある。材料の時間を細かく描く分、その材料が置かれる産業と制度の絵は粗い。木材の需給が国境を行き来する今日の条件や、修理現場の実際の制約をもっと知りたい読者には、別の本がもう一冊必要だ。
古い木造建物を手入れしながら暮らす人が、この本を最も深く読むだろう。柱の下部を取り替え、床板をはがしてみた手には、著者が材料の寿命をたどる方法がなじみのないものではないからだ。
木材は伐られた後も乾き、反り、耐えながら時間を経験し続ける。その事実をつかんで最後まで押し進めた記録だという点で、この本は環境を語る他の本と分かれる。
