
王位を取り戻そうとして命を落とした王子がクッタン(巫俗の祭場)の神霊となった絵8点が、国家の目録に名を連ねた。国家遺産庁は6月23日、「ソウル錦城堂巫神図」を国家民俗文化遺産にすると発表した。巫神図とは、巫俗で祀る神霊の姿を画幅に写した絵を指す。
錦城堂が祀った神霊は、羅州・錦城山の山神である錦城大王と錦城大君(1426~1457)である。錦城大君は世宗(在位1418~1450)の子で、甥の端宗(在位1452~1455)が世祖(在位1455~1468)に王座を譲った後、これを元に戻そうとして最期を迎えた人物と伝えられる。南道の山神と王室の人物が一つの祭壇でともに祀られた例は珍しい。
絵の中の神霊たちは、朝鮮の人々が祈った対象を示している。盲人道士は子孫が栄え、家の運が開けるよう助けると信じられ、戸口アッシは天然痘をはじめとする疫病を退ける神霊だった。盲人三神マヌラ、三仏寺ハルモニ、別相、馬ソナンも8点の中に入った。
人物の顔は丸く、指は長くふっくらと伸びている。仏画でなじみのある表現法である。そのため、これらの絵が仏教絵画とつながっているだろうという見方が出ており、仏画を描いていた僧侶の画僧が筆を執った可能性もあわせて挙げられている。
技量の密度も並ではない。ほかの巫神図と比べると、衣の皺の立体感や文様の細部が一段と緻密だ。国家遺産庁は、19世紀の巫神図として現在確認される例が極めて少ない点、そして他の巫神図には見られない独創性と完成度を指定理由に挙げた。制作時期は19世紀後半に絞ってみる見方がある。
巫神図は本来、クッタンの壁に掛けられ信仰の対象として機能していた絵である。壁から外して温度と湿度が管理される収蔵庫に移す瞬間、神霊は信仰の対象から保護される品物へと身分が変わる。8点はソウル恩平歴史韓屋博物館が管理を担い、クッタンの建物自体は2008年に国家民俗文化遺産となった。
建物と絵は、それぞれ別の時点で制度の中に入った。家が先に守られ、その中に掛けられていた神霊たちが18年後に続いて入った。
指定後の展示計画と公開方法は決まっていない。それまで来場者は、恩平歴史韓屋博物館の常設展示でこの町が抱えてきたクッと神霊の来歴をたどることができる。
