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宗廟の空は誰のものか

김범수·公開 2026-05-26 19:22 KST
塀の向こうの景観をめぐる訴訟が改めて問う遺産の境界
宗廟を宗廟たらしめているのは屋根の上の余白だ
宗廟を宗廟たらしめているのは屋根の上の余白だ / 写真 지홍 민 · CC BY-SA 4.0

宗廟正殿の屋根は一間ずつ横に継ぎ足したため、端がよく見えない。薄石(박석)敷きの庭を踏むと足元からざらざらとした音が上がり、雨上がりには濡れた木と土のにおいが低く漂う。華やかな丹青のない黒ずんだ赤に塗られた柱をたどって目を上げると、灰色の瓦の長い線、そしてその上には空だけだ。その空が今、法廷に上がっている。

国家遺産庁は宗廟の向かい一帯の再開発計画に遺産影響評価を履行するよう命じ、ソウル住宅都市公社はその命令を争う行政訴訟を起こした。公企業が遺産当局の履行命令を訴訟で返した局面は見慣れない。ここで争われる争点は建物いくつかの階数を超える。宗廟の塀の向こうに何を見えるようにするかを誰が決めるのかがかかっている。

遺産の境界は塀が終わる所で一緒に終わらない。宗廟を宗廟たらしめているのは、正殿という建物と同じくらい、その建物が据わる低い地形と、屋根の線の上に何も載っていない余白だ。その余白を開発利益と引き換えにできると前提にした瞬間、残るのは塀の中に閉じ込められた展示物だけだ。

反対側の論理も弱くない。宗廟の向かいは長く古びたまま放置されてきた都心であり、住宅は足りず、高さを抑えれば事業性は崩れる。都市を丸ごと剥製にしようという要求かという反問が出るのもそのためだ。

しかし、評価を経よという命令は、建てるなという閂とは違う。保存は時間を止めることでもない。遺産影響評価は、何をどれだけ上げるかを代わりに決めてはくれず、景観にどんな変化が生じるかをあらかじめ測って残せという手続きに近い。その手続きを飛ばして上がった壁は、後から元に戻す方法がない。

塀の外の高さが塀の中の風景を変える
塀の外の高さが塀の中の風景を変える / ⓒ ブレスジャーナル

元に戻せないという性質が、この争いを他の行政紛争と分けている。誤って建てた住宅団地は数十年後に建て直せばよいが、その数十年の間に庭から見上げた空は永遠に別の空だ。世界遺産登録がおのずと守ってくれるという信頼も半分だけ正しい。

登録は受け取っておいた賞状ではない。守り続けるという約束に近く、周辺の風景を管理できなければ、その約束から揺らぐ。

攻防は長引くだろうし、その間にも設計は進み続ける。判決文が出る前に固まってしまう線があるという事実だけは忘れない方がよい。

宗廟は歩いて一周できる。塀に沿って歩き、正殿の薄石敷きの庭の真ん中に立って屋根の線の上を一度見上げればよい。そこに開かれている空の広さが、今争っているものの実物だ。その広さが数年後にも同じかどうか覚えておく人が多いほど、この事件の結末は変わる。

キム・ボムス記者 · Breath.Culture

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