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『奪われた集中力』、散漫さは個人のせいなのか

배진경·公開 2025-12-09 13:39 KST
注意力を設計の問題へ移し替えるヨハン・ハリの報告
『奪われた集中力』は散らばった注意を個人の問題として置かない
『奪われた集中力』は散らばった注意を個人の問題として置かない / ⓒ ブレスジャーナル

一時間座っていたのに残った成果が数行だけ、という日がある。多くはみずからを責めながら一日をやり過ごす。ヨハン・ハリの『奪われた集中力』(アクロス、2023)は、その自責の向きを変える。集中が崩れた原因を個人の意志力から切り離し、私たちが一日中とどまっている環境の側へ移し替える本だ。

著者はジャーナリストだ。取材を軸に据え、散らばった注意力の背景を追う方式で議論を進める。学術書の手触りというより、現場を回って整理した報告に近い。そのため専門知識がなくても読め、読んでいる間じゅう自分の一日と照らし合わせ続けることになる。

この本が技術面で扱われる理由ははっきりしている。いま私たちが使うサービスの相当数は「注意力経済」の原理の上に立っている。ユーザーが画面にとどまった時間がそのまま売上に換算される構造を指す言葉だ。この仕組みのなかでアルゴリズムは、ユーザーにどれだけ役立つかを脇に置き、滞在時間を最適化するように設計される。

推薦システムが精緻になるほど、ユーザーが自分で次の行動を選ぶ余地は減る。AIアシスタントと生成ツールが日常業務に入ってくる流れも、同じ分かれ道の前にある。うまく作れば雑務を取り除いて人が深く考える時間を返し、誤って作れば通知と提案で一日をさらに細かく刻む。この本は、その分かれ道が個人の習慣で分かれるのではなく製品の設計段階で分かれるという点を、繰り返し示している。

ここからデジタル環境の公共性という主題が続いて出てくる。道路の安全や空気の質を個人の用心深さだけに任せないように、オンライン空間の設計規範も私的な選択の領域だけに残しておくことは難しい。一年を締めくくる時期にこの本を勧める理由がここにある。新年の計画に「携帯電話を見る時間を減らす」と書き入れる前に、その画面がどんな目的で作られたのかをまず見る必要がある。

この本の力は、問題を個人の倫理から公的な事案へ引き上げたところにある。デジタルデトックスを勧める自己啓発書と分かれる地点もそこだ。ただし診断の幅が広い分、処方は相対的に薄い。何を変えるべきかは鮮明に描かれるが、どんな規則とどんな技術的代案でその変化を作るのかは、読者がそれぞれ埋めなければならない。

企業のなかで製品を作る人には、とりわけ居心地悪く読まれる本だ。指標を上げる設計とユーザーの時間を守る設計がしばしば衝突するからだ。政策と規制を扱う側は、議論の出発点を得られる。個人の読者なら、自分を責める習慣をしばらく下ろして開くとよい。

集中は性格や根性の問題に狭められない。どんな環境に一日を置くかによって変わる条件だ。この本を閉じたあとは、通知設定を一つ、アプリを一つ消す行動の意味が変わる。散らばった注意を取り戻すことが、なぜ一人だけの戦いになりえないのかを教えてくれる本

ペ・ジンギョン記者 · Breath.Culture

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