
死ぬことが職務内容である仕事がある。「ミッキー17」のミッキー・バーンズはその仕事を自ら志願する。死ねば再び出力され、記憶は復元されてつなぎ合わされる。
ポン・ジュノが脚本と演出を手がけた2025年の作品で、エドワード・アシュトンの小説『ミッキー7』が原作である。韓国での公開日は2月28日。2050年、闇金業者から逃げなければならなくなったミッキーと友人のティモは、氷の惑星ニヴルヘイムへ向かう植民船に乗り込む。ティモはスペースシャトルの操縦士になり、ミッキーは「エクスペンダブル」として契約する。
エクスペンダブルは最も危険な任務を一手に引き受ける職である。死は事故ではなく手順の一部であり、死んだあとは「再印刷」を経て記憶を持つ新しいクローンが作られる。4年後に到着した惑星で、科学者たちは複数のミッキーを使って土着の病原菌のワクチンを作る。人体実験という言葉の代わりに任務という言葉が使われる。
この映画の焦点は複製装置の原理ではなく契約の構造である。危険を減らす代わりに危険を引き受ける存在を別に作っておくやり方は、すでに現実の文法である。自動化が入った現場に残る仕事は機械がやらない仕事であり、遠隔操縦と無人化は人を危険から引き離すと同時に、誰が残るのかを改めて選び出す。

記憶を復元してつなぐという設定も今の問いに触れている。つなぎ合わされた記憶を持つ側に、前の人物の契約はそのまま引き継がれるのか。映画はこの問いを哲学の討論ではなく給与と勤務表の問題として下ろしてくる。
演出はSFというジャンルの滑らかさをわざと乱す。宇宙植民を扱いながらも画面が長くとどまるのは、狭い通路や実験台のような生活の場所である。ロバート・パティンソンが演じるミッキーは英雄的ではなく、自分の死を繰り返し経験しながらも予定に合わせて次の任務へ移動する。その淡々とした様子がこの映画の最も冷ややかな仕掛けである。
説得力に欠ける部分もある。遠征隊を率いる政治家ケネス・マーシャルを通して権力を戯画化するとき、風刺の標的が大きくなるほど労働契約という緻密な問題意識が緩む。笑いを作る場面と契約条件を掘り下げる場面が毎回同じ速度でかみ合うわけではない。この映画は批評ではおおむね好評を得たが製作費を回収できず、米国公開から1か月後の4月7日にオンラインストリーミングへ移った。
画面が長くとどまるのは狭い通路と実験台である。ミッキーは自分の死を経験したあとも勤務表に記された時刻に合わせて次の任務へ歩いていく。その顔には抗議も諦めも浮かばない。
