
地方の工業団地にある従業員40人規模のめっき業者に、発注元からの要請書が届く。先月納品した部品の工程別の電力使用量と排出係数を項目ごとに記して送れという内容だ。この会社には計量器のデータを工程単位に分ける仕組みがなく、その業務を専任で担う人員もいない。要請書に記された締め切りは、発注元の開示日程から逆算されている。
欧州の炭素国境調整メカニズム(CBAM)は、輸入品に内在する排出量の申告を求める。欧州の企業サステナビリティ報告指令(CSRD)はサプライチェーン排出を含む報告を義務化し、カリフォルニアの気候開示規定も大企業に同様の算定を求めている。三つの制度に共通するのは、排出量算定の境界が報告主体の塀の内側で終わらないという点だ。大企業のスコープ3は、協力会社のスコープ1と2を合算した値だ。
そのため現在の支援の設計は、規制の対象と負担の主体を混同している。法的義務を負うのは開示企業だが、実際に新たな測定体系をつくらなければならないのはその下の数十層に及ぶ納品業者だ。予算が開示対応のコンサルティングと報告書作成に集中する間、データを生み出す設備と人員には金が届かない。
反対の論理も明確だ。支援の財源は限られているため、輸出比重が大きく波及力の大きい大企業から対応能力を備えるほうが効率的だというものだ。大企業が体系を整えれば、その方法論が協力会社へ下りていくという期待もある。
妥当な説明だが、一つ抜け落ちている。方法論は下りても、計量器と人件費は下りない。

下りていくのは要請書だ。発注元が算定体系を精緻にするほど、協力会社に求められるデータ項目は増える。スコープ3の算定範囲を広げた企業の排出量集計値が前年に比べて大きく跳ね上がる現象がその証拠だ。
排出量そのものが増えたわけではない。これまで数えていなかった協力会社の排出が帳簿に入り始めたためだ。
負担の性格も異なる。大企業にとってこれは報告コストだが、協力会社にとっては取引継続の条件だ。データを提出できない業者は、罰金を払うのではなくサプライチェーンから外れる。規制が直接及ばない場所で規制の効果が最も鋭く働く理由だ。
制度そのものを撤回しようという話ではない。排出量を測定して公開することは国際貿易の前提として定着しつつある。論点は測定費用を誰が負担するかだ。計量設備の設置、工程別のデータ収集システム、それを扱う人への支援が開示コンサルティングと同じ比重で扱われなければ、結果は予測できる。
注視すべき点は支援事業の項目別の配分だ。コンサルティングと報告書作成にいくら配分され、測定設備と人員にいくら配分されるのか、その比率を確認するだけで政策がどこに力を入れているかが表れる。規制の施行日は企業規模によって猶予されるが、要請書が届く時点は猶予されない。工業団地の40人の業者は、今月の締め切りを受け取った状態だ。
