브레스저널 The Breath Journal

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霧の立ちこめる森の道を歩く

배진경·公開 2026-03-23 14:30 KST
終わりの見えない道で歩みが遅くなるとき
終わりが分からなくても歩みは続く
終わりが分からなくても歩みは続く / 写真 Helge Juul Falberg · Pexels

霧が木々の間を埋め尽くした早朝だ。モミの枝先は水気を含んで色を濃くし、道の果ては白い光に沈んで見えない。濡れた土と小石が混じった地面の上に、低く垂れこめた光がにじんでいる。

こうした道に入ると、目の焦点がおのずとゆるむ。遠くを見ようとして行き場を失った視線は足元に下り、肩が一握りほど下がる。土を踏む足の裏が、水気の具合を一つずつ読み取っていく。吸う息が冷たく湿っていて、喉の奥がゆっくり冷える。

そのうちに気づくものがある。終わりをあらかじめ確かめておこうとする焦りだ。白い霧に消された道は、その確認をしばらく止めてくれる。

十分が長く感じられるなら三分でもいい。近くの木の一本の下まで歩いて、その陰にしばらく立ってみよう。葉の擦れる音を一度聞いて戻ってきてはどうだろうか。

霧のない昼にも似た歩みはつくれる。昼食を終えて office に入る廊下で、扉まで残る十歩ほどをいつもより遅く踏んでみることになる。そのとき目を向ける場所は首の後ろだ。あごが前に出ているか、後ろ首の筋が引っ張られているか、歩みが遅くなる間にその部分がどう変わるかを、ただ見ておくだけにする。

霧は道を消しながらも、足元の一歩はいつも残しておく。

ペ・ジンギョン記者 · Breath.Social

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