
正午に近い光が石段を上から押さえつける。影は段ごとに指一節分だけ残った。半円に湾曲した客席が下の丸い舞台から頂上の塀まで二十段を超えて伸び上がっていて、左の石は黒い染みがにじんで薄暗く、右の石は洗われたように白い。塀の向こうから緑の茂みと木が二、三本顔を出し、その上の空には雲ひとつない。
こういう石段に出会うと、目が頂上から下へなぞってくる。二十段を数えきらないうちに肩が少し上がり、足の裏は靴の中で踏み出す用意を終える。息が短くなる。
登ってもいないのにふくらはぎに力が入っていて、目の焦点は一番上の段に引っかかったまま下りてこない。体はいつも到着から始める。
行ったことのない道を心が最後まで踏んでしまう癖は、あの石段と同じくらい古いものだ。
登る前に一番下の段にただ腰かけても遅くない。石のひんやりした感じが薄い服を通って上がってくるあいだ、手のひらを隣の段に広げて置き、丸い舞台の床が目の高さより下に沈んでいくのを見る。三十秒あれば十分だ。上のほうの段はそのあいだどこにも行かない。
退勤時の地下鉄の出口でも同じことができる。最初の段を踏む直前に二拍ほど立ち止まって、あごに入った力がどの程度か一度のぞいてみる。ほどけるのかそのままなのかは日によって違い、その差を知るだけで一日が少し変わる日もある。
一番下の段の角がなぜ最もつるつるにすり減ったのか、石は話してくれない。
ペ・ジンギョン記者 · Breath.Social
